2011/08/19

絵に残るもの。

お盆の間休みがなく仕事仕事だった為、久し振りに今日はゆっくりしたお休みでした。いやー普通にお盆休みとかしてみたいな。何をするわけでもないんですけどね。

今日は時間がゆっくりあったので、大伯父に会いに行って来ました。
大伯父が油絵と彫刻をやっているので、少し紹介します。


彫刻は、西都市長谷地区の長谷観音内にある大木をそのまま彫ったものがあるので、足を運ぶ機会があれば是非。とんでもなく山ですけど。一人だったので今日は私も行っていません、、









よく神楽なんか描いているので、見たことのある方もいるかもですね。




ギャラリーの片隅に飾られた賞と、隣には妻の絵が一緒に大切に飾られていました。


数年前に大伯母は他界しました。
大伯父は妻が他界するまで、絵を描きながら看病を続けていた、とても大きな愛のある人。

もう92歳になりますが、まだまだ元気に絵を描いています。




今は、蓮の花が奇麗らしく、毎日朝から出掛けては描いている様です。




92歳とは言え、まだまだしっかりしていて、自分で車を運転し、足を運んで絵を描いているパワフルなおじいちゃん。クシャッと笑う顔が好き。見かけたら声掛けてあげてくださいね。
県の美展の時期や、その他の展示会なんかでもちょくちょく展示されているので、興味のある方は是非足を運んでみてください。

彼の以前の記事があったので載せておきます。

「絵とは何か」

 絵を見て暖かみを感じるものでなければいけないと思う。絵は生きているものでなければならない。
 生きた絵を描くことが大切だと思っている。死んだ絵を描いて絵だと思っているが、それは絵ではない。単なる形を写したにすぎない。
 生きている絵は語りかける。語りかけない絵は死んでいる。生きているものを死んだ絵に描いてはつまらない。
 絵は対象との対話から生まれる。相手が描いてくれといっているから描く。絵は対象が心にふれた感動を表すものであり、どれだけ感動したかで判断するものである。
 絵は上手に描こうとすると、自分の気持ちの方に動いて自分の思っていないことを描くことになる。それでほめられて有頂天になることがある。それではつまらない。絵は自分が感動したことをどれだけ表現できるかである。
 絵は技巧でもない。形だけにこだわって中身の無い絵を良い絵と思っている人もいるが、其れは外形であり絵とは言えない。形は美しくなくても良い。絵は対象との対話であり、どう相手に伝えるかが大事なことである。
 絵の評価は相手からどれだけ美しさを引き出したかで決まる。美に一定の形があるものではない。美はその瞬間その瞬間に生まれるものであり、その瞬間を定着させるものが絵である。





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4 件のコメント:

ぐっち さんのコメント...

誕生日おめでとう!

GN さんのコメント...

ぐっち

きゃー!ありがとうー!
ていうか、ぐっち!
誕生日おめでとう♡

テビチ さんのコメント...

こんなカッコいい親戚がいたとは・・・

やはりあなたは只者ではなかったのですね!?

GN さんのコメント...

Unknownさん

いえいえ、私はただの人です。
周りに恵まれているだけですよ。